何をもって“良き人生”と言えるのか?

落ちこぼれ流浪の民のごとく人生の大半を流れ流されるように過ごしてしまった俺。でも不思議と挫折感や後悔などを感じない不思議。

素晴らしい学歴を持ち素晴らしい会社や企業で大きな仕事を数々成功させその実績に見合った地位を手に入れている・・・・これが普通に考える素晴らしい人生のはず。

ところがオレの人生は上記に全く相反するような人生。ナノに・・・・

オレには“ドカ雪”の降る“田舎”がある。そこには専業農家として生計を立てていたオレの両親が住んでいる。

30歳まで好き勝手させてもらった。時はバブル時代。人手不足から20代のオレが大きな仕事のチームリーダーを努めることも多く、チームで大きな仕事をする醍醐味や厳しさ、喜び、人を育てることの面白さを味わうことができた。

その後田舎に戻り自営業を始める。小さいながらも“従業員”ではなく“事業主”としての面白さや厳しさを味わうことができた。その後結婚したが自分の思い通りにならない妻に辟易していたがその後妻が変わる。

最初は「なんでこんな奴と・・・・・」と思っていたが歳を取ってから変わろうともがいている妻を心から応援したくなっている俺がいる。

田舎に戻ってからは一貫して両親を稼業の農業や冬期間の“雪払い”や病院への送迎などありとあらゆることでサポートしてきた。もちろん十分なことはできていないができることは何でもやってきた。

とはいえ何かの世界で立派になっている人から見たら俺はゴミのような存在かもしれない。

田舎の両親の近隣の子供たちは皆公務員だのJRだのNTTだの大会社だのでそれなりの役職を勤める普通に立派な人達。

でもドカ雪の降る田舎に住む彼らの高齢になった家族は放ったらかされている。

しかし彼らの家族は子供たちが全く見舞うことが無くても全く困ってないかのように振る舞い、用水路に転落し命からがら助け出されても癌を宣告されても、手助けをしてくれた人にお礼の言葉とともに「他言無用である」と釘を刺しヨロヨロと家の中に帰って行く。

そんな強い年寄りの中の一人がまたこの世を去った。

癌だったが高齢のため完全な手術はできず放射線治療を行っていたがついに力尽きたという感じだった。

田畑家屋敷をいつも誰よりもキレイに管理しご飯の支度も妻ではなく自身が行い立派な除雪機で真冬の豪雪地帯とは到底思えないような状態を常に作っていた。それもこれも「定年になったらそっちに行くから・・・・」と言っていた公務員の息子がいつでも帰ってこられるように・・・・という思いだけでそうしていたに違いない。

今冬妻は自分で雪掃いができないしご飯支度もできないので高齢者の一人暮らし専用の施設で暮らしている。

かつて俺たちは野口英世や松下幸之助などの伝記を読み“勉学”と“立身出世”を是とする教育をされた。国は社会が大きくなるにつれ地方の跡取りまで都会で働くことを暗に奨励し、残った年寄りの面倒を“介護保険制度”で何とかしようとした。

しかしそれで人の人生や気持ちはつじつまが合うのだろうか?と考えさせられる。

オレは大したことの無い仕事をしながら大したことのない人生になってしまい自分の親をがっかりさせてしまったのかもしれない。しかし、近隣の立派な子供たちを持った親たちは傍目からもあまり幸せそうには見えない。

とは言え他所の子供たちを責める気にはなれない。なぜなら彼らの行う仕事は本当に大変な仕事なんだろうと思うから。

それに対して俺のように何でもない仕事なら普通の時間帯に帰れるし都合の悪い日は休める。しかし立派な仕事では何事も仕事が優先だ。両親が大変でも仕事を休むわけにはいかないし転勤によって歳を取った親の近くに住むことも叶わない。

大勢の人々の役に立てるような人間に成れたとしても“自分の親”の役に立てるのかどうか、怪しいものだが若い頃は全くそういうことに関心がいかなかった。親子共に。

人生とは“誰かのために生きること”と言えないだろうか?

オレの場合若い頃は“仲間”その後“親のため”今は“親と子供のため”

身内が安泰な人は大きな会社組織や世界で“万人のため”

しかし安泰でない身内を抱える人が身内を放ったらかして万人のために働いているとしたらそこに何か矛盾はないのだろうか。

世の中が“立身出世”を重んじるばかりに最も大切なことが置き去りにされていることがあるかもしれない。

少なくともあらゆる困難に立ち向かい戦ってきた年寄りには畏敬の念を禁じえない。

どうか安らかに眠れますように。

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