「お前を呼んでしまったばかりにこんな・・・・」親の気持ち自分の気持ちと

「お前を呼んでしまったばかりにこんな・・・・」親の気持ち自分の気持ちと

昨日休耕田の草を隠すためにトラクターをかけに業務終了後実家へ。

トラクターをかけた後通路の草刈。

気が付くとおふくろが夕食に呼んでいる。

トラクターをガレージに移動し草刈機など片付けてオレも家に入り夕食。夕食後しばし談笑したがその中で急におふくろが

「あの時(約20年前)後継者がいないとお父さんの農業者年金がもらえないという理由でお前のことを呼んでしまって・・・・そのせいでお前の人生がメチャクチャになってしまって・・・申し訳ないって思っているよ」

っと言う。急にそんなことを言うもんだから俺はビックリしながらも

「オレはそんなふうには思ってないよ」っと言った。

自分の事しか考えていなかった

中学卒業後高校は下宿生活で高校卒業後はスグに東京へ行き20代は全て東京で過ごした。

都会で生活していた頃はまるで自分が都会で生まれ育ったかのような感覚だった。田舎の親兄弟のことなんて全く忘れた!ってくらいだった。

だがある日電話でお袋から「帰ってきてくれないか?」っと言われハッとした。「そうだ・・・オレには田舎と田舎で農業をしながら暮らす親がいたんだ」っと思った。

オレは“次男”なので実家を継いだり田舎に戻ったりする義務は無いがなぜか幼い頃から病弱な兄を見るにつけ「将来はオレがこの家継がなきゃいけないのかなぁ」などと考えるコトがあったので、おふくろからそう言われてもあまり抵抗は無かった。

底辺の仕事であらゆる人に敬愛の念が

実際田舎に戻って20年ほど経つ。その間色々仕事もやったが農業をやるってのが前提なのでちゃんと仕事には就かなかった。

でもそういった“底辺の仕事”の中で知り合う人達と交流しているうちに

全ての人が自分と同様に、いやそれ以上に色々苦労をしたり喜びを感じたりしながらがんばっている!

っというコトがわかり、あらゆる人に“敬愛の念”を持てるようになった。コレは大変な収穫だと思う。もし何か立派な仕事をして、その仕事に生涯を奉げなければいけないようだったら今のこの感覚は得られなかったのでは?っと思うから。

最も大切なのは仕事じゃない!家族なんだ!

っという感覚。今では車窓から高齢者を見かけても「色々あってあの歳になっているんだろうな」っと思うようになった。以前のオレなら

「あの歳になっても働かなきゃいけないのか・・・かわいそうに。若い頃もっとがんばっていればよかったのにねェ」

などと考えていただろう。

自分が変われば周りも変わる

おかげで現在人間関係は良好だ。オレが辺りの人に敬愛の念を持っていることがちゃんと伝わるのかもしれない。だから周りの人からチョイチョイ助けられる。だからオレも協力する。

都会から田舎にやってきて生きてく上で最も大事なことや大切にしなければいけないことなどを学べた気がする。

だから田舎にUターンしたことをちっとも後悔などしていない。

今度両親にその辺のところを話しておこう。

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